民族関係の変異 第三回

 第三回目となる今回は、国家とは何か、そしてその国家のもとでどのように民族が生成され、維持されているのかを見る。

民族は国家とは異なったカテゴリーで人々をつなげる作用を持っている。故国家とは異なった文脈で語る方が良いこともあるが、民族アイデンティティが政治活動に強く影響するアイデンティティポリティクスがあったり、一つの政治体の中で複数の民族が互いにバラバラに居住するという社会を描いた複合社会論があるなど、国家と強く結びついた現象が広く見られるため、今回は国家と民族という構図からそれぞれを見ていきたい。

まず、国家であるが、今回の話ではこれを近代国家、もしくは国民国家に依拠した形で考える。言い換えると、国民という一つのまとまりが、想像的・存在論的にあるとされ、その人々が国家を統治する主体となっており、その中で国内的な政治経済活動が行われており、国境によってまた別の国家と境界線を持つような国家である。

こうした国家がどのようにして生まれてきたのかということについてここでは詳しく議論することはしないが、国家が国民と搾取・保護の関係性を結んでいることや、国民国家・近代国家は西欧基準で作り出されたものであり、それが西欧とは異なった歴史的背景を持つ地域にも適応されていること、そしてそれがかなり暴力的な意味合いも含んでいることについては触れておきたい。

国家は国民を搾取し、その見返りとして国民を保護する関係を結んでいる。例を挙げるならば税金と国防軍である。国家が年ごとの国家予算を維持するのはそれ自体が経済主体となるのではなく、経済主体としての国民から資本を抽出することで成り立っている。

こうして経済的搾取を行うことで国民の経済活動を円滑にとり行うための様々なサービスが提供される。防衛と司法、そして公共事業などが税金を合法的に抽出するための理由となっている。

ここで国民という存在を作り上げる必要がある。国家への帰属意識に疑問を持たず、そこに税金を納め、様々な抑圧を受け入れる存在をある程度人工的に作り出すことが求められる。

国家への帰属意識を持つというと、何か特別な思想が介在し、過激思想につながっている感覚を持たれるかもしれないが、帰属意識は何もそういうところにのみあるのではない。役所の資料に住所を書き、国家史を自明のものとし、海外旅行の際にパスポートを持つなど、我々の生活世界を形作るものの大部分がそうした帰属意識につながっている。

国家の歴史と世界地図の中での位置付けに加え、例えば博物館や国勢調査もそうである。人口統計もある国家が存在していることを証明するための構成要素となりうるのだ。

A国はこういう地理上の特性のため、こういう発展を遂げてきた。その軌跡上にはこういう人々が活躍し、そうした国家的な英雄とつながる人々が想像される。血は繋がっているから重要なのではない。繋がっていると想像され、そう信じられているから重要になってくるのだ。

こうした国家に従属する国民が作り出され、維持されていく。言語的、宗教的、文化的特性が共通項を作り出し、人々をある一つの規範に押し込める。こうした規範によって世界観が規定され、ある国家国民はこういうものの見方をする、というようなことが言われる。文化の型である。国家の自律性を維持するため内部には同質性が要求され、外部には異質性が見出される。

こうした同質性と異質性は恣意的なものであることは繰り返し述べてきた。日本と西欧の食文化を対置させるには、米と麦を対置させることが分かり良い。しかし、日中韓の食文化となると、米を多かれ少なかれよく食べるという傾向はたちまちに消え失せ、和食の独自性が発掘され、韓国料理の起源が模索され、中華料理の伝統が喧伝される。国家の歴史を取ってみると、物理的に近い国は精神的に遠い国になりやすいのかもしれない。

民族というものも国民と同じような部分を持ち、想像されたものである。ある民族をAとし、その民族Aが居住するとされる区域に近い区域に住む民族Bがある。彼らを民族Aと民族Bに分けて二つの単位とするまでは良いが、肝心の彼らに自分たちの関係をどう捉えているのかと聞くと、AとBに他者が、AはこうでBはこうであろう、という風に当たりをつけて考えた区別は意味をなさず、彼らの中にはまた別の捉え方があった。故に集団は実際には2つではなく、3つであったり、それはまた時の流れ次第では2つにもなれば4つにもなる、という具合に静的なものではなく動的なものであることは多々ある。

Chineseという民族カテゴリーがある。彼らの区分は植民地時代に西欧式の基準によって人口調査のために生み出されたものである。Chineseと認識される人々はその時代において、潮州人や福建人といったアイデンティティを持っていた。Chineseというカテゴリーは近年生み出された人工的なものである。

便宜的にせよ意図的にせよ生み出された民族というカテゴリーは表面上の人々を束ねる特性を持つ。血の継承によって人々の間で帰属意識が共有される。その継承を裏付けるのが歴史である。歴史が帰属意識を作り、帰属意識が血を作るという循環が民族の保持に繋がっている。

近代化と植民地主義の拡大によって花開いた国民国家と民族の時代は現在も続いている。そしてその時代は我々の認識を規定し続けている。これは何も表面上に見えるものだけではなく、日常生活を送る上で無意識に、そして連続的に生じるものである。愛国主義や隣国への敵意を示すようなデモや行動に対して、我々は好感・嫌悪感どちらにせよ、何か強い印象を持つであろう。自民族中心主義が強調されるあまり大規模な民族粛清や大虐殺が生じたことは歴史の教科書を開けばよく分るであろう。こうした顕在化する国民・民族主義だけが何も国民主義につながっているものではない。役所の資料に住所を記入することに始まり、日常会話の中で無意識に現れる民族的に少数派な人々への差別的発言。インターネットが普及し、発言上の匿名性が強まっている現在、何か事件や社会的問題が発生するたび、その犯人はもしかしたら目の形が特定の形をしているのではないか、皮膚の色がこういう色をしているのではないか、というような無責任な発言が流布しやすくなっているように見える。

ここではその発言を断罪するということを意図しているのではなく、なぜそういうことが生じるのかについて検討したい。言い換えると仲間意識と他者意識である。自らある集団に帰属意識を持つことは言い換えるとその帰属する集団に少なくとも所属したいという意識がなければなりたたない。人は誰しも自らの社会的立場を向上させたい、少なくとも不利な側ではなく有利な側に身を置きたいと考えることには道理がある。学生であるという身分は言い換えると、教育を受ける機会を得、かつ社会的にも保護される権利を得ることを示す。大学生であることはモラトリアムを謳歌することであるから大いに自己実現をしなさい、とはよく耳にすることであ。そうした利益があることに加えて、上位大学に所属していることは、将来性や賢さということ、卒業生との関係を示すことにもつながる。故に、大学生である、どこどこの大学に通っているという、さらに絞り込んだ帰属意識も生み出せる。日本において大和民族であることは社会において多数派に所属することを意味する。税金を納め、国民としての義務を果たせばそれなりの見返りを得ることが確保される。我々は日本において一級市民であり、我々がこの国を支配しているという感覚が意識無意識の別なく存在する。

こうした一級市民の感覚と利益を確保するための代償を払うのは常に社会の二級市民の責務である。有り体に言ってしまえば奴らは捌け口にされて当然である、という感覚がある。その捌け口の対象にされてしまうのは彼らではなく、奴らである。ここでいう他者意識とはこうした感覚である。恐ろしいことに社会の多数派に所属するとこうした感覚は意識されづらくなる。

社会的に有利になる集団への帰属意識は所属する人へ一種の優越感を与える。多数派民族と国民、一級市民という感覚は三位一体である。では、少数派に帰属するとされる人々はどうであろうか。民族への帰属が、優越性と利益を確保するための手段となっているという一般化された議論はどの程度ここに適応できるのであろうか。少数派は不遇な目に遭うのにも関わらず何故帰属意識を持つのであろうか、という話に入る前に、奴らというカテゴリーには血の暴力性があることを述べておきたい。民族というカテゴリーを生み出すには血の継承という儀礼が必要であることは先述したとおりである。

多数派に見られたこうした儀礼が少数派にも適応され、それによってカテゴリー化がなされる。あの民族の外見はこうである、というのも遺伝子的にこうであるからだというような虚構が流布することを見てもそれは明らかである。民族カテゴリーは先天的、すなわち生まれた時からあるということである。人種という言葉には概念的に先天性がつきまとう、つまり遺伝子の問題である。これに対して民族という言葉は後天的な意味合いを持ち、言い換えると社会的構築物という意味がある。ある特定の集団を民族的に分類するという我々の日常生活を構成する重要な一要素はこうして人種と民族という二つの言葉が持つ意味合いが混同、誤用されることで真実味を帯びてくる。

こうした先天性と後天性の混同によって作り出された社会的弱者の存在は事実の曲解によって強化される。黒人は知能的に劣っているという誤解が社会の中でまことしやかに言われている。白人優越主義によって作り出された虚構はポストコロニアリズムや少数派からの反撃によって弱められたかのように見えるが、日常生活のあらゆるところで顕在化し続けている。アメリカにおいて白人は高等教育を受け、社会的に成功している。それに対して黒人は社会的に成功しているものが少ない。というのも奴らがバカであるからだ。というような誤解を耳にするが、それはあまりに事実を現代という短いスパンで曲解しているからである。奴隷貿易によって連れられてきた黒人が政治経済的成功を収める可能性は白人に比べて少ない。こうした事実があることを常に念頭に置いておく必要がある。では、奴隷にされた側はやはり知能的に劣るのではないか、という問いが出てくるやもしれないが、さらに長い歴史的スパンを見れば、例えば伝染病への抗体の豊富さや地政学的に有利な地域にあるというような要因もあり、大航海時代から植民地時代にかけての西欧の優越性が人種による賢さに起因するとは断定できない。

日本における事例を取り上げてみる。人々が最低限の生活を遂げられるように考案された社会福祉の原則が民族的少数派に適応されることに対して多数派の心情は芳しくない。社会的弱者が社会的成功を収める機会は少なく、ややもすると明日を生きることすら厳しい状況に置かれる人々を救うための措置がとられることに強い疑義が向けられる。現在という時点にのみ思考の起点が置かれるため、社会的弱者の歴史的立場が考慮されない。加えて人々の思考は自らの生活世界から無意識のうちに影響を受けており、我々は自らの立ち位置に依拠しながら思考を巡らせる習性にある。故に、奴らに対しての言説は厳しくなる。日本においては社会福祉の適応と社会的少数派への断罪が偏見とステレオタイプの醸成につながるのだ。

国家一つ一つをとっても、社会一つ一つをとってもその状況は異なるが、自らを有利な立場に置きたい、そのための枠組みをつくりたいという思いが自集団の構築につながる。そしてこうした自集団と対置されるべき他集団が同時に生み出される。自らが有利になるということは必然的に不利な他者ができるということである。国民国家の下においては、国民となるべき単一の民族が作り出され、彼らは一級市民となる。こうした多数派の一級市民は少数派の集団を二級市民として無意識に捉え、それが「奴ら」の状況と立場を悪化させているにも関わらず、そこにかかる措置は事実の曲解によって悪く捉えられる。断罪されるべき社会的に悪な集団が生み出される。偏見はそれに付随し、こうして自集団と他集団は善悪という二項対立の構図を取る。

こうした民族の差異の二項対立が維持され続けていることについては考えたが、なぜ少数派の民族にも帰属意識が生まれるのか、ということにはいまだに答えていない。故に次回ではアイデンティティポリティクスという観点からこの問題について考えてみたい。

ウィリアム.H.マクニール著,北川知子訳.『マクニール世界史講義』.ちくま学芸文庫.2016.

小坂井敏晶. 『増補 民族という虚構』. ちくま学芸文庫.2011.

杉田敦. 『境界線の政治学』. 岩波書店, 2015.

松原隆一郎.『経済思想入門』.ちくま学芸文庫.2016.

ANDERSON, Benedict. Imagined communities: Reflections on the origin and spread of nationalism. Verso Books, 2006.

DAVID, Maya Khemlani (ed.). Ethnic relations and nation building: The way forward. Strategic Information and Research Development Centre (SIRD), 2010.

Kua Kia Soong. Racism and Racial Discrimination in Malaysia. Suara Inisiatif Sdn Bhd, 2015.

Syed Husin Ali. Ethnic Relations in Malaysia: Harmony & Conflict. Strategic Informtion and Research Development Centre, 2008.

 

民族関係の変異 第二回

前回ではAとBの関係性が虚構に支えられたカテゴリー分けの結果であり、自他の区別とそこで生じる競合にあるということを考えた。

今回はそのAとBの区切りと民族の生成について考えてみたい。

人は身の回りにあるものをを類別することで認識することができる。博物学は自然環境にあるものを収集しそれを分類することを使命とする。そこでは共通点と相違点が重要になってくる。メスの体内で子供を生育し大きくなってから体外に出すというような胎生、そして乳で子を育てる動物は哺乳類という分類をされる。ここで重要なことは共通項でくくられるということだ。哺乳類より下の分類ではネコ科やカモノハシ科といった類別が用意されておりネコとカモノハシの違いが強調される。よく言われる話しであるが、カモノハシは哺乳類で唯一卵を産むものとされる。こうした違いが集まり類別が行われる。

こうした類別が一旦行われるとそれが現実に存在しているように感じられる。哺乳類であるにも関わらず卵を産むカモノハシがイレギュラーに感じられるがそれはカモノハシを別の共通項を以て哺乳類に囲い込んだからである。カモノハシという名前を与え、哺乳類に囲い込むことで人はカモノハシという存在を認識する。

ソシュールが言語学にもたらしたパラダイムシフトがここにある。シニフィアン(音の形)とシニフィエ(音の意味)がそうである。ある音の形とその音の意味が結びつくとき現実が分節化される、言い換えると、現実が切り取られるのである。AとBを共通点と相違点を以て類別することで世界は切り取られ、存在が作り出され、そこで初めてそこに存在が生み出される。木は木という名を与えられ、桜やサルスベリという類別によって互いに異なるものであると認識される。

こういう類別がなされてから存在が作り出されるのであるが、現実の世界では倒錯した認識がなされる。すなわち、存在ありきで類別がなされるという感覚である。

ここで初めて民族の生成について考えることが可能になる。民族というカテゴリーを私たちは自明の理として捉えている。大和民族があり、漢民族がある。中華人民共和国臣民の大部分は漢民族である。漢民族は中原から中国全土にひろがっていったとされる。中国5000年の歴史を通して漢民族は中国の主権者となったのである。彼らは全歴史を通して単一の民族であると言う想像がなされる。実際には中華人民共和国というくくりは近代の産物であり、漢族というカテゴリーも近代に入ってのことである。こうした架空の存在を作り出し、維持するために様々な「発見」がなされる。儒教的考え、黄帝炎帝伝説、こうしたキーワードが歴史教育を貫く。ここでも地図と歴史の幻術が大きな役割を果たしている。

平地に住み、年貢や税を納める人々を皇帝の「臣民」とし、山地に住み、平地国家の様々な要求に答えない人々を「あちら側の人々」とし、この二項対立が「漢族」と「少数民族」という構図に繋がっている。

このような過程を経て世界中で様々な民族が生成され、自集団の同質性、他集団との異質性が虚構に支えられながら作り出される。

自他の区別が国民国家─国民と一対一関係にある国家─同士の場合、例えば国民の大半が大和民族であるとされる日本と漢族の中国、ナショナリズムや国境線、領土といった問題が浮上する。これは均質性を保った異質同士の関係である。これに対してマレーシアやインドネシアと言った「多民族国家」の典型ではその内部で異質性の問題が顕著である。日本や中国と言った「単一民族国家」では均質性の暴力が強く働き、異質とされる人々の主張は全展望監視装置パノプティコンによって黙殺される傾向にある。男女の性差は未だに強く社会に根付き、長幼の差は強調され、場の雰囲気や周りに合わせることが要求される。同質性の暴力が顕著である。

次回以降では違いが強調される多民族社会について考えていくが、これも類別の副産物である。虚構によって一旦存在を作り出された自集団と他集団が虚構によって作り出された一つの国家の下、存在を持続させていく様を見ていきたい。 

杉田敦. 境界線の政治学. 岩波書店, 2015.

SCOTT, James C. The art of not being governed: An anarchist history of upland Southeast Asia. Yale University Press, 2014. 

 

民族関係の変異 第一回

民族関係とは何かを、マレーシアをモデルにこれから考えていく。

民族間での関係があるということを自明の理として扱う前に、今回は関係性について一度問い直してみる。

関係性があるということは裏返すと誰かと誰かが相互に関わりを持つということに他ならない。AとBが存在し、互いに何かしら働きかけるということだ。

ここで一度、AとBが存在するとは何かを問い直す必要がある。AとBがあるということは、その起源があるからである。人は素材無しに何かを生み出すことはできず、0から1を創造するのは神のみが成せる業であるからだ。その人間が0から何かを作り出すには創造ではなく想像を用いる他はない。すなわち、想像を支える虚構が必要となってくる。

AとBというカテゴリーを作り出すにはその根拠となるものがあるはずだ。人間というカテゴリーから更に細かなカテゴリー、例えば日本人、白人、政治家、障碍者というような社会的に自明とされるものを生み出すには何か基準を設定しなければならない。日本人というカテゴリーを生み出すには国籍という基準が最適であり、白人を生み出すには肌の白さを強調すればよい。政治家という話しをするには、職業という社会的な階級に関わる物差しが使われると想定される。障碍者というカテゴリーを作り出すには、健常者というカテゴリーを生み出し、それと対比させればよい。

自然・社会科学的観点で人類は様々なアイデンティティを、先天的後天的に関わらず半ば強制的に獲得していく。こうした基準は科学という幻影によって自明視されがちである。しかし、こうしたカテゴリー化とでも呼べるような囲い込みの基準に確固たる根拠はあるのであろうか。

青色の目をした人を青目人、茶色い目をした人を茶目人と呼ぼう。足の大きさが28.5センチ以上の成人男性を大足人と呼び、26センチ以下を小足人と呼ぼう。髪が生えるのが早い人を頭髪成長異常と呼んでみよう。こうしたカテゴリー化は何か不格好に感じられる。しかしこれらは身体的特徴を基準にしてカテゴリー化やレッテル貼りを行っていることは白人と黒人のカテゴリー分けと大差があるかと言われると答えに窮する。もちろん白人がヨーロッパという地域に根付き、黄色人種がアジアに分布してきたということから前者と後者には違いがはっきりしているのではないかという反論もあり得るが、それでも例えばラテン系とゲルマン系の肌の白さは全く異なる。

肌の色を基準にした人種論は結局のところ肌に含まれるメラミンの量と日光に含まれる紫外線の量で多少の説明がつく。砂山のパラドックス、すなわち、ある砂山から一粒の砂を取っていけば、最後は一粒の砂山に行き着くのかという話しと同じであり、肌の色は程度の問題である。

ここで言いたいことは畢竟人種論や民族論と言ったカテゴリー分けは恣意的なものであり、絶対というよりも相対であるということだ。自明視されるべきものの根拠が絶対的でないのならばその存在は揺らぐことになる。ということはその絶対性を疑わせないための虚構が必要である。日本人という単位を例にとってみる。このカテゴリーは一見揺らぐことのない確固たるもののように見える。日本人とは何かという問いに対して予想される答えは例えば日本語を話し、日本の教育を受け、日本国籍を取得し、日本の文化を多少なりとも継承した人々、という具合になるであろう。即ち、日本という存在に慣れ親しんだ人々であり、日本人という「血」を受け継いでいる人々である。ここで日本という存在は紛れもない事実であり、それを疑い、異議を唱えるものは異端者であり、戦時中における非国民であると受け取られるやも知れない。

では、日本というものは何であろうか。1億3千万ほどの人口を持ち、富士山が日本の山を象徴し、全国民の象徴としての天皇制を採用し、議会制民主主義を以て政治的意思決定をする国、という説明も考えられよう。そしてなにより2000年の歴史がある。これを疑うことは狂人の沙汰と捉えられるやも知れない。

日本という存在が相対的で恣意的なものであるということを話す前に、地図と歴史の話しをしてみたい。

日本地図がある。北は北海道と北方領土、南には沖縄と尖閣諸島が描かれている。世界地図がある。日本で発行されているものは右に南北アメリカ、左にヨーロッパとアフリカが描かれている。日本は世界地図のほぼ真ん中に位置し、中国や韓国と国境を接している。当たり前のことであり、疑いの余地がどこにあろうか。

歴史の授業で我々は弥生時代の人々と繋がっており、織田信長が本能寺で殺害されたことは当然であると認識している。古文の授業を通して古事記から好色一代男まで一通りの古典文学に親しむよう促される。こうした一連の歴史語りや歴史想起によって我々は太古から日本人の「血」を受け継いでいると思う。

地理と歴史の授業は別々に行われ、それらを頭の中で統合すると、北方領土から尖閣諸島まで日本の領土であり、そしてそれは太古から受け継がれる血で生きる我々のものである。日本人は数々の戦国武将や文学者の子孫であり、自国を愛するように促される。それは当然であって、何を今更疑うのであろうか。

北海道以北は例えばアイヌの人々が代々居住し、沖縄諸島は琉球の人々が守ってきたことは歴史と地理の虚構に消えていく。アイヌの地は北海道という地名に、琉球は沖縄県という地名に塗り替えられていく。その作業はとても鮮やかであり、自然なものである。

日本という存在が近代以降の西欧的観点である国民国家という枠組みの産物であることはとっくの昔に記憶の遥か彼方に追いやられる。日本は今、ここにあるとされる。多様性をほこる様々な言葉は標準語という存在の発明により、方言という身分に鞍替えし、ご当地という呼び名で以て称される。ばらばらであったそれぞれの邦は廃藩置県という名のもとに日本という人工物に取り込まれる。帝国期には多様であった民族が終戦を機に大和民族というものに集約され、単一民族のペンキで全てが塗り替えられる。併合にあたって日本という枠組みに統合された人々はイレギュラーであり、民族的マイノリティという別の枠組みに取り込まれる。こうして、大和民族による日本という、民族と国家が一対一の関係にある近代国家がここり生まれる。

こうして虚構に支えられて作り上げられた存在はその定義の際に他者を必要とする。日本人であることは裏返すと中国人でもなく韓国人でもない。こうした他者もまた各々で歴史と地図の虚構に取り込まれ各々のアイデンティティを獲得するよう自集団の中で要請される。彼らもまた日本人を他者と見なすようになる。かくして、西欧基準の近代国家が咲き乱れ、国境線は確定し、それをめぐる政治的やりとりが繰り広げられる。

日本人というカテゴリーに囲い込まれるには日本人というカテゴリーに相応しい所作や考え方を課される運命にあることを示す。日本語を話し、日本の文化に慣れ親しむことが想定されるのだ。そこからはみ出すと、社会的異端者というレッテル貼りを甘受し、様々な罰をこうむることになる。社会全体に相互監視体系が張り巡らされる。ベンサム考案の全展望監視装置パノプティコンが社会を規制し人々を抑圧する。ある集団にあるとされる同質性が重要視される。こうした内的同質性が集団の存在意義に深く関わるからである。

AとBという存在は根拠が曖昧で恣意的な虚構によって触媒され、誕生する。それは互いに異質なものであり、それによって自他の区別がなされる。この関係性の維持のためには内的同質性と相互異質性を強調する必要があり、結果として「自/他」=「友/敵」という構造に取り込まれる。これはカールシュミットの言う政治とは何かの話しと同じような形を取っている。すなわち、友と敵を区別しようとすることが政治を意味する、ということだ。あるカテゴリーと別のカテゴリーとの関係は、自と他、友と敵の峻別と競合に集約されていく。

次回以降は民族と社会的虚構を今回の関係性から見ていき、そしてできるだけマレーシアをモデルに多民族について考えてみたい。

小坂井敏晶. 『増補 民族という虚構』. ちくま学芸文庫.2011.

杉田敦. 『境界線の政治学』. 岩波書店, 2015.

ANDERSON, Benedict. Imagined communities: Reflections on the origin and spread of nationalism. Verso Books, 2006. 

 

人の文化的発展と言語の関係(文化人類学入門第二章の要約)

人は他の動物と比べても非常に高い知性を持つ。その要因は様々であるが、とりわけ言語に起因するものが強い。この記事では人間の文化的発展を言語の面から見て行きたい。そのためにこの記事では:孝男, & 祖父江. (1979). 文化人類学入門. 中央公論社.の第二章の要約を行う。

 

人間の特色として挙げられる事に道具や火を用いる事が挙げられるが、これの反例としては、チンパンジーに対する道具使用の有無を調査した実験が挙げられる。天井からつり下げられた餌を台や竿によって手に入れようとしたり、ライターを使ってタバコに火をつけるといった物だ。これらにより、人間と動物との間には量的な差しか無い事が明らかになった。では両者のはっきりとした差異はどこにあるのであろうか。言語である。言語中枢(運動性言語中枢、知覚性言語中枢)の発生により、人間は言語を獲得した。これにより人間は自分の持つ知識を他者に伝達する事が出来る。原始時代から現代に欠けての知識の蓄積により人間は動物を遥かに追い抜いて行った。これに加えて、人間は言語を通して記憶と複雑な思考を獲得した。事象を言語に因って媒介させる事でより抽象的で高度な事態を考える事が出来るようになったのだ。これに対して動物はどうであろうか。確かに鳴き声を通して意思の疎通が図られていると言った意見が挙るが、それらは人間で言う感嘆詞としての役割でしかなく、自己の感情を直接的に伝える物でしかない。例えば危険が差し迫った事を伝える事が出来てもどういった危険なのかといったものや、移動することは伝えられても進路や方向と言ったより深い物は伝えられない。そして意思疎通の方法を学んで行く過程というのは、言語が介在しないために、人間よりも大幅に遅れてしまう。後天的な知識伝達も極限られた物でしかない。

人類学者は「文化」という概念でもって人間と動物の間にいられる差異を示そうとした。

文化人類学でいう「文化」とは「生活様式」である。エドワード・タイラーは「知識・信仰・芸術・法律・風習・その他、社会の成員としての人間によって獲得された、あらゆる能力や習慣を含む複合体の全体である」と定義した。

そして人間の文化をより特徴的にするのは、その「内面的」なもの、言い換えると行動の基準や倫理観、といったこのである。こうしたものが人間と動物の質的な差異である。内面的な物は言語のもつシンボル作用の上に成り立っている。

ゆえに人類学者の言う文化は人間の「内面的なもの」と関わっており、さらにそれは人間の持つ言語に因る作用である。

 

以上の記事の元となった:孝男, & 祖父江. (1979). 文化人類学入門. 中央公論社.にはとても具体的に様々な実験や定義等が含まれており、一見の価値がある。チョムスキーの生成文法の意義等の説明も分かりやすい。

英語史概観ーその1ー.

英語がどこから生まれ、どのように発展して来たかという過程をたどる事で、一つの言語の誕生と変遷を実例を元に見る事が出来ると思われる。

英語は印欧語族の内の一つとして捉えられている。印欧語族(詳しくは後述)とは、例えば印欧基語を祖先としてそこから発展して来た言語である。

この記事では印欧語族の変遷と英語が其の中でどのように発展して来たかを縦(歴史的経緯)と横(地理的相互関係)の側面を中心にして考えて行く。

 

この記事を書くにあたって特に参考にするウェブサイトとして:

Kevin Stroud氏の"The History of English Podcast":

http://historyofenglishpodcast.com

書籍として

寺澤盾. 英語の歴史. 中央公論新社,2008.

小林標.ラテン語の世界: ローマが残した無限の遺産. 中央公論新社, 2006.

等が挙げられる。

 

特にThe History of English podcastに触発された部分が大きく、これに関してなんとか日本語で補足、説明できないかといったところで学んで来たことをまとめて行くような方法をとっていくと思われる。

 

1.語族という概念:印欧語族とは

印欧語族という概念の中では英語とウルドゥ語は広く見れば親戚同士である。一見奇妙な話では無いだろうか。文字も話されている地域(ヨーロッパとインド)もまるで異なる、そんな言語が親戚同士の関係なのであろうか。

ウルドゥ語の文字は以下のような物である:

f:id:Ciricehyll:20150904153417g:plain

Source: ウルドゥ文字とは−世界の文字 Weblio辞書

www.weblio.jp

それに対して英語はローマ式のアルファベットを採用している。

こんな突飛な話を語族という概念を持って説明して行きたい。

まずは語族という物がなんであるか、どういう経緯で作り上げられたのかという話をしたい。

語族というものは簡単に言えば言語Aと言語Bが同一の言語Xから派生し、発展して来た、という風に共通の祖先から生じたことを表す。

そしてそれを可視化した図が"Language Tree"と呼ばれる。

印欧語族のLangauge Treeの例としては:

f:id:Ciricehyll:20150903221740p:plain

Source: The History of English Podcast, Episode.3 (http://historyofenglishpodcast.com/2013/08/04/episode-3-the-indo-european-family-tree-4/)

この図が分かりやすく示している。この図で見れば、現代英語は印欧基語から派生したゲルマン語派→西ゲルマン語群→古英語から変化して来た。

ドイツ語に関しては西ゲルマン語群までは現代英語と同系統であったがそこから別の変化を遂げた。これには人間の移動、言い換えると地理的な要因が強い影響を与えた。これについては後の記事にて触れたい。

そしてインド・イラン語派の項目を見てみるとサンスクリット語を介してウルドゥ語の名前がある。その他にも大きな言語としてラテン語から発展して来たフランス語やスペイン語、ヘレニック語派であるギリシャ語の名前がある。

これら全ての言語は共通の言語である印欧基語から進化して来たのだ。

印欧語族は語彙的にも文法的にも発音体系的にも共通した部分があり、それらが発見された事によりある一つの印欧基語を祖としてそれぞれに様々な変遷を遂げて一見無関係な言語となって行ったと考えられるようになった。

では類似性とはどのようなものであろうか。欧州言語の語彙的な類似性について言及した図として以下のものがある:

f:id:Ciricehyll:20150904123043j:plain

Source: Teresa Elms(2008),Lexical Distance Among the Languages of Europe,(https://elms.wordpress.com/2008/03/04/lexical-distance-among-languages-of-europe/

)

Data Source: K. Tyshchenko (1999), Metatheory of Linguistics. (Published in Russian.)

同一語派内での言語同士でも語彙的な近さは言語言語で異なる、違う語派に属する言語同士でも 英語とフランス語のような近さを示す物もある。なお、英語に関してはフランス語やラテン語(ラテン語経由のギリシャ語)からの借用語がゲルマン語から受け継がれて来た語彙よりも多く用いられている。

それらの割合はデータにより数字が前後するがおおよそそれぞれラテン語が25~30%、フランス語が25~30%、ゲルマン言語が25%前後、ギリシャ語が5~6%ほどでその他が10%前後である。

Source1: Why is English a Germanic language?

www.grammarphobia.com

 Source2: The Many Origins of the English Language

www.slate.com

では英語はロマンス語(フランス語、イタリア語、スペイン語等)に属するのか。そうではない、確かにゲルマン語派からの語彙は大部分が用いられなくなり、ロマンス語からの借用語が多くなったが、幼少期から学び、日常生活で用いるような所謂基本的な語彙にはゲルマン語の語彙使われている。例えば身体名称や親族名称、数字や基本的な動詞がそうである。英語の会話で最も使われる50語の内他言語からの借用語はフランス語から借用した“use”一語のみである。200語の中では183語がゲルマン語的語彙である。

Source: The History of English Podcast, Episode.3 (http://historyofenglishpodcast.com/2013/08/04/episode-3-the-indo-european-family-tree-4/)

こうした語彙的な面とゲルマン語独自の文法体系により英語はゲルマン語に属する事が認められる。

ではなぜ大部分の語彙が他の言語と似るのであろうか。これを考えるには以下二つの要因を考慮する必要がある:(1)同一地域内での借用語、(2)同一言語からの進化

(1)の、同一地域内での借用語は先の英語の例を見れば分かりやすい。様々な歴史的経緯(ラテン語のヨーロッパに於ける地位や教会、学界、政治で用いられていたこと等)によりラテン語等が英語に流入して行った。

(2)については印欧語族の発見を見る必要がある。では印欧語族はどのように発見されて来たのであろうか。

それを辿るには印欧祖語発見時期の最初期の著名な人物であるウィリアム・ジョーンズ(Sir William Jones)の話を見ることが最良である。

ウィリアム・ジョーンズは法律家であると同時に様々な言語を体得していた言語学者だと言われる。かれが活躍していた18世紀当時、イギリス東インド会社の雇用を契機として彼はインドへと赴任した。その際に彼は当時なかった英語ーサンスクリット語間の直接的な翻訳のシステムを整備するためサンスクリット語研究を行っていた。

その研究の際に彼はインド・イラン語派の古典であるサンスクリット語とヨーロッパ言語の古典であるラテン語とギリシャ語との間に様々な共通点を見つけた。その共通点の特に顕著な例として親族名称である父親を表す語彙の類似性が挙げられる。

e.g.父親を表す語彙(英語、ラテン語、ギリシャ語、サンスクリット語)

Eng.: Father

Lat.: Pater

Gre.: Πατηρ(Pater)

San.: पितृ(pitR)

この例から見てもラテン語(イタリック語派)、ギリシャ語(ヘレニック語派)、サンスクリット(インド・イラン語派)との間で語彙的、音声的な共通点が見られる。

では英語(ゲルマン語派)はどうであろうか、他の言語が「p」音で始まるが英語だけは「f」音で始まっている。これにはゲルマン語派内部で生じた音変化を捉える必要があり、「グリムの法則(Grimm's Law)」や「ヴェルナーの法則(Verner's Law)」を考慮する必要があるが、これらについては後々の記事にて「歯音化(Assibilation)」と詳しくまとめたい。

ここでは英語がゲルマン語派特有の音変化により印欧基語から受け継いだ「p」音が「f」音に変化している事からこれらは語彙的、音声的に関係を持っている事をみてきた。

では文法的にはどうであろうか。ラテン語もギリシャ語もサンスクリット語も屈折語である。屈折語の特徴の例としては、名詞や形容詞に見られる格変化(Declension)や動詞に見られる活用(Conjugation)が挙げられる。

ラテン語は6つの格変化、ギリシャ語は5つの格変化を持つのに対してサンスクリット語は8つの格変化を持つ。

この事に関してウィリアム・ジョーンズはサンスクリット語はギリシャ語よりも完璧で、ラテン語よりも豊富で、そのどちらの言語よりも整備されている、と語っている。

Source: The History of English Podcast, Episode.3 (http://historyofenglishpodcast.com/2013/08/04/episode-3-the-indo-european-family-tree-4/)

こうした言語的な特徴の類似性から、これらの言語は元々同一の祖先的な言語、つまり印欧基語から派生、発展、進化を遂げた親戚関係であるとされる。そしてそれは語族、語派、語群と分類され、よく先のLanguage Treeで以て記述されるのだ。

次の記事では音変化についてグリムの法則やヴェルナーの法則、Centum/Satem言語の話や歯音化に絡めて見て行きたい。

東南アジア概観(1)

東南アジアを見る際には二つの目線が必要である。縦の目線、言い換えると歴史を追う目線、横の目線、言い換えると地理を追う目線が強く影響する。
東南アジアが出来上がる過程に於いて縦と横の動きは非常に緊密に、そして複雑に絡み合ってきた。
この概観ではまず、東南アジアの近現代全体を(1)植民地以前(2)植民地時代(3)ポスト植民地時代(4)ASEAN時代に分けて、歴史的経緯と地理的相関関係を追っていく。その次に東南アジアの各地域の細かな変遷を見ていき、それらの背景を記述し、東南アジアはかくして成せり、という様な一つの結論を導きたい。
尚、先述の縦と横の概念をもう少し詳しく話すと、例えばイギリスがマラヤ(シンガポール含む)に台頭した(歴史的経緯)により引き起こされた中華系やインド系移民の流入(地理的接触)に見られるような、何かがきっかけとなり何かが起こるという風な因果関係である。